「生成AIと企業ブランディング」#03
- 執筆者:
- 藤井 正則
前回の稿 「攻めと守りのクリエイティブ法務」 #02 では、生成AIがもたらす創造性の拡張と効率化の恩恵、さらにそれに伴う法的・倫理的リスクを検証しました。結果として、生成AIは単なるツールではなく、社会全体の価値観やルール形成にも影響を与える存在であることが確認できたと思います。そして、AIとクリエイティブの未来を創造していくのはテクノロジーだけではなく、法と倫理をどうデザインするかが重要である、という結論に至りました。
今回はその延長線上として、「生成AIと企業ブランディング」をテーマに掘り下げていきたいと思います。ブランド価値を損なわずに生成AIを活用する方法、企業が直面するリスクとその回避戦略、そして今後の規制動向と業界への影響を、広告実務と法務の双方の視点から整理してまいりたいと思います。
ブランド価値を損なわずにAIを活用する方法とは?
企業ブランディングにおいて最も重要なのは、生活者との信頼関係を築き、それを持続させることです。生成AIを活用したコンテンツ制作は、効率性の向上や新たな創造性の発揮といった大きな利点をもたらします。しかし一方で、オリジナリティの希薄化や倫理的な疑義を招くリスクを抱えていることも否めません。
ブランドの価値を守るためには、単に「便利だから使う」という理由で生成AIを導入するのでは不十分です。むしろ、ブランドの理念や一貫性を損なわずに活用できる環境と運用方針を、あらかじめ整備しておく必要があります。その判断を社員一人ひとりに委ねるのではなく、組織全体で明確な方向性とコンセンサスを形成することが不可欠です。これを怠れば、ブランドイメージの向上どころか、逆に毀損を招く恐れがあります。
そのため、生成AIの活用に取り組むべき基本姿勢として、以下の三点が挙げられます。
- 透明性の確保:AIを用いたクリエイティブであることを必要に応じて開示し、 生活者を誤認させないこと。
- ブランドガイドラインとの整合性:AI生成物がブランドのトーンやビジョンと齟齬をきたさないよう、社内基準を整備すること。
- 人間による最終審査:生成された成果物をそのまま鵜呑みにせず、ブランド価値を守る観点から最終チェックは必ず人間の眼による監修をおこなうこと。
このように、AIと向き合う上で“人間の関与”を前提としたプロセス設計は、ブランドの信用維持において極めて重要です。筆者の考えとしては、企業が生成AIを安心して活用するためには、規制の整備を待つのではなく、自社独自のガイドライン策定と社内教育を早急に進める必要があると考えます。
信頼性の揺らぎと具体的なリスクについてどう考察するか?
生成AIの進化はブランド戦略に新たな可能性をもたらす一方、従来にない課題も突きつけています。その最大のリスクは「信頼性の揺らぎ」です。生成物が著作権侵害や虚偽に該当すれば、法的責任だけでなくブランドそのものに不可逆的な損害をもたらします。 近年、AIによる画像や音楽の無断利用を巡る国際訴訟が増加しており、企業は「利用できるか」ではなく「適法に利用できるか」を最優先に考える段階に来ているといえます。
その具体例が、近年日本でも利用が急増している音楽生成AIです。一部の音楽生成AIではわずか数秒で完成度の高い楽曲を生成できる点が評価され、「便利だから」ではなく「質が高いから」という理由で、多くの企業や個人がリスクを十分に認識しないまま導入しているのが実情です。
しかし、この「質の高さ」こそが利用者に過度な安心感を与え、最大の落とし穴となりうるのです。動画や画像であれば視覚的に盗用や類似を直感的に把握することができますが、音楽は旋律や和声といった 聴覚的要素に依拠しており、外形的な判断が非常に難しい領域です。ここで利用者が「問題なさそう」と思っても、実際には既存楽曲と顕著に近似している場合があり、公開後 に指摘・炎上・係争へと発展するリスクがあります。さらに、学習・生成過程の権利処理が不透明なまま商用展開すれば、「権利軽視の姿勢」と受け止められ、信頼を一挙に失いかねません。「高品質であるがゆえに安易に利用されやすい」生成AIこそ、留意すべき重要なリスク要因なのです。
AIツールは日々、目まぐるしく進化していますので、このようなリスクは増加していくでしょう。とはいえ、AIの利用を頭ごなしに抑制することは得策ではありません。 重要なのは、AIを活用することで広告運用上「なぜ成果(例:KPI改善・CVR上昇)につながるのか」を正しく理解し、その成果を安全かつ持続的に再現できる仕組みを構築することです。 このような音楽生成AIは、聴覚に依拠する目に見えない領域を扱うためリスク判別が難しい一方で、適切な方針と正当な理由のもとで活用すれば、広告表現においてブランドを強化する強力な手段となり得るものです。
したがって、音楽生成AIを一律に否定するのではなく、その可能性を広告運用の成果へとどう結びつけるかを、合理性とリスクの両面から深く考え抜くことが不可欠です。 当社のクリエイティブ法務では、 合理性とリスクの共通認識をクライアント企業や社内クリエイターと共有し、寄り添いながら伴走していきます。 その姿勢こそが、生成AIとクリエイティブの未来 に求められている役割であると考えます。
「透明性戦略」の重要性とは?
そして次に、ブランド価値の保全に不可欠なのが「透明性」です。広告がAIによって生成されたものであることを 生活者が知り得なかった場合、不意に「裏切られた」という感覚を与えるリスクがあります。日本において「景品表示法」や「薬機法」が規制する「誤認表示」は、生成AIの利用によって新たな局面を迎えているといえます。
特に医療・美容・金融といった信頼性が重視されるサービス領域では、AI生成である ことの明示義務や、事前審査体制の厳格化が進む可能性があります。こうした動向を見据えた「ブランドの透明性担保戦略」こそが、私は今後の競争力を左右する鍵になるのではないかと思っています。
透明性から国際規制への接続へ
なお、ここで忘れてはならないのは、透明性の確保が国内法制の問題にとどまらず、国際的な規制枠組みとも密接に関わっているという点です。AIが生成するコンテンツは国境を越えて流通し、 生活者に届くため、一国の法令遵守だけでは十分ではありません。仮に国内で適法とされる表現であっても、海外市場では「不透明な利用」と見なされるリスクがあり、その結果ブランド全体がグローバルな批判にさらされる可能性があります。
つまり、言い換えれば、透明性戦略こそが企業がグローバルに信頼を得るための土台となるのです。 このように、透明性はもはや企業の自助努力や国内対応にとどまらず、各国が進めるAI規制とも不可分の課題となりつつあります。実際、各国の法制度は「透明性の担保」を軸に具体的な規制を設計し始めており、グローバルに活動する企業にとってこの潮流を無視することはできません。
国際的規制動向と企業への影響について
こうした流れのなか で、国際的なAI規制動向は企業ブランディングにも直接的な影響を与えていくことになるでしょう。具体的に、EUでは2024年5月に「AI Act」が制定され、 2025年2月から「容認できないリスク」を伴うAIの使用や提供などが禁止されるなど、広告用途でのAI利用に対する規制が段階的に導入されます。AI Actは原則として2026年8月から適用され※、例外的に一部のハイリスクAIについては2027年8月まで移行期間が設けられています。米 国ではすでに州ごとにディープフェイク広告を直接規制する動きが広がりつつあり、選挙や 生活者保護の観点から法制化が相次いでいます。日本においても、総務省や 消費者 庁を中心に、AI生成物が社会や市場に与える影響を見据えた議論がすでに始まっており、近い将来、広告表現に特化した新たな規制の枠組みが検討される可能性があります。
たとえば、多国籍に事業を展開する企業にとって、最大の課題は「各国ごとに異なるAI関連の規制や解釈が並行して存在する」という点です。 EUのAI Act、米国各州法、日本のガイドラインといった個別の制度は、それぞれ独自の理念や社会背景を反映しており、単に横断的に把握するだけでは十分ではありません。実際の広告実務に落とし込むには、国や地域ごとの差異を踏まえながらも、グローバルに一貫した基準を持ち、現場で迷いなく運用できるようにする必要があるのです。
ブランドは国境を越えて 生活者の心に届くものだからこそ、その基盤には一過性の規制対応ではなく、普遍的かつ持続可能な法と倫理の基準を据えるべきです。つまり「どの国でも説明可能で、どの市場でも通用する」指針を将来的に持つことが、単なるリスク回避ではなく、ブランドそのものの信頼を長期的に支える力になるのではないでしょうか?
※出典:European Commission「AI Act」European Commission
倫理設計とブランドの未来
その先に最終的に問われるのは、AI活用における「倫理設計」です。法律はあくまで最低限のルールに過ぎません。生活者の心に長く響く広告を支えるのは、企業自身の倫理姿勢そのものです。AI生成コンテンツを運用する際には、オリジナリティを尊重し、差別や偏見を助長しかねない再生成を防ぐチェック体制を整えることが不可欠です。これは遵法意識を超え、企業への信頼を醸成する営みそのものといえます。実際、生活者に選び続けられるのは「法を守る企業」ではなく、「倫理を先取りする企業」であることを示す事例が、少しずつ現れ始めています。
この前提のもと、Hakuhodo DY ONEのクリエイティブ法務では、AIの利用を一律に抑制するのではなく、「広告運用上なぜ成果につながるのか」を冷静に見極め、その成果を安全かつ持続的に再現できる仕組みづくりを担っています。たとえば、前段で触れた音楽生成AIは、聴覚的・構造的な特性ゆえにリスク評価が難しい領域ですが、正当な理由を踏まえたうえでリスクを理解し、適切なルールのもとで運用すれば、強力な創造推進力となります。ここで重要なのは、単に「否定」 か「容認」かという二択にとどまることではありません。むしろ、活用の枠組みを通じて、可能性と安全性をいかに両立させるかという姿勢が求められています。そして、法律上は問題がないと判断できる場合であっても、筆者は常に「生活者の信頼を損なう可能性はないか」という観点から、二重の検討をおこなうようにしています。
では、それを実際の仕組みとしてどう実装するのか。その答えの一つが、社内のAI戦略企画室との協働です。当社には、AI戦略企画室という専門組織があります。AI戦略企画室では、「With AI時代における広告会社の働き方」を模索することをテーマに、日々マーケティングへのAI活用を研究・開発しています。組織内には、テクノロジーやクリエイティブ、運用型広告など、あらゆる経験や専門知識を持ったメンバーが在籍し、AI進化のキャッチアップから業務実装・アップデートまでを実現しています。
クリエイティブ法務は日々このチームと緊密に連携し、技術的知見と法的・倫理的視点を統合して検証を進めています。両者が連携するからこそ、安心と創造性を両立する持続的な仕組みを構築できるのです。そしてこの取り組みは社内にとどまらず、クライアント企業にも寄り添い、共に検証し、リスクと可能性を伴走しながら、広告の未来を切り拓く存在でありたいと考えています。
生成AIと企業ブランディングの未来は、技術革新の速度に比例して複雑さを増していきます。そのなかで広告会社に求められる使命は、リスク回避のみならず、法と倫理を積極的にデザインし、来るべきAI全盛時代におけるブランド価値を再定義することにあります。
生成AIは脅威でも敵でもありません。活用の枠組みを通じて可能性と安全性を両立させる姿勢こそが、私たちの最大の味方となり、未来を切り拓く原動力となるのです。
エピローグ:「法と創造のあいだに、新たな指揮者を」
さて、私たちは現在、広告内容審査の新たなかたちを示す目的で、AIリーガルサービス「THE MAESTRO(マエストロ=指揮者)以下、MAESTRO」の開発を鋭意進めています。 MAESTROは、従来の「できる= OK/できない=NG」という単純な判断の線引きにとどまるものではありません。リスクを検出するだけでなく、広告の価値を守り、さらに高めるための代替表現を提示することができるものです。
この独自性を支えているのは、各専門分野に精通した弁護士による確かな法的裏付けと、筆者自身が法律家として長年欧米の広告・映像制作の現場で培ってきた豊富な経験の融合です。
たとえば、
- 表現の一語一句が 生活者にどう受け止められるか。
- 映像のカット一つで法的評価がどう変わり得るのか。
こうした「現場でしか体得できない感覚」を兼ね備えることで、法律論に終始せず、実務に即したリアルで実効性のある解決策へと導くことができます。
さらにMAESTROの最大の強みは、単に問題点を指摘するだけでなく「代替案」を提示できる点にあります。「この表現はNG」と線を引くだけで終わるのではなく、「こう表現すればリスクを回避しながら前に進められます」という前向きな選択肢を複数示すことで、チェック機能を超え、創造性と法務をつなぐ架橋の役割を果たすものになります。
一見すると各専門分野の弁護士とクリエイターを集めればLLM(Large Language Models=大規模言語モデル)上でシンプルに再現できるようにも思えるかもしれません。しかし実際には、広告表現に潜む繊細な倫理観や、現場で積み重ねてきた即応力を伴う判断は、単に法律だけ、あるいはクリエイティブの発想力だけでは決して到達できない領域になります。
MAESTROは、法律の専門知識とクリエイティブ現場の知見を体系的に融合させたからこそ成立できたもので、法律の専門性、現場感覚、そして代替案提示という三位一体を備えたこの取り組みはきわめて独自性の高いものです。
広告の信頼は、法令遵守にとどまらず、「どのように表現するか」という企業姿勢の積み重ねによって築かれるものです。だからこそMAESTROは、リスクを見極めるだけでなく、広告の価値を磨き上げる「代替表現の指揮者」として、広告の未来を支える伴走ツールでありたいと考えています。
法務とクリエイティブの橋渡しをAIが担うことで、広告はより安全に、そしてより魅力的に進化していくことになるでしょう。MAESTROは、その未来を切り拓く先駆けとなるはずです。
MAESTROについて:Hakuhodo DY ONEとGVA法律事務所、「THE MAESTRO(ザ・マエストロ)」の実用化に向けた協業を開始
この記事の執筆者
藤井 正則
フランス生まれ。欧州のメジャー映画配給会社に13年間在籍し、映画製作・配給やCM制作の現場において、渉外業務と契約法務の両面を担当。複数言語環境および異なる商習慣のもと、フランス共和国弁護士(兼 欧州弁護士 / 仏英・仏独)として活動し、常に最適解を追求する「クリエイティブ専門弁護士」としての経験を積む。 2019年より都内法律事務所にて外国法弁護士として勤務し、2022年に旧アイレップ(現 株式会社Hakuhodo DY ONE)に法務局の責任者として入社。2023年10月より「クリエイティブ法務」サービスを立ち上げ、広告・表現内容に関する全件審査を、法律とクリエイティブの両視点から一気通貫で対応中。 現在は、日本語・英語・中国語の各種契約書(米国各州法・中国法・英国法ほか)にも対応し、多言語・多法域にわたる広告・契約実務を担う法務スペシャリストとして活動。
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