データは「渡さない」からこそ、連携できる。 Zero Data Sharingが破壊する「企業のカベ」とマーケティングの速度論
- 執筆者:
- ONEDER編集部
「AIを使う」フェーズは終わった。これからは「AIとAIが連携(A2A)して動く」時代だ。Hakuhodo DY ONEが描く未来は、SFではない。物流の世界を一変させた「コンテナ」のように、マーケティングの意思決定プロセスを規格化・モジュール化し、企業間の壁さえも「Zero Data Sharing」で溶かしていく。それは、イーロン・マスクが自動運転の先に見る世界と同じく、「完全自律型」の世界から逆算された必然の進化だ。マーケティングのゲームチェンジは、ここから始まる。この取り組みについて、ONE-AIGENTを推進するHakuhodo DY ONEの柴山大氏と、IT批評家・研究者の尾原和啓氏が対談し、その可能性を紐解く。
「日経ビジネス電子版Special」2026年2月12日に公開
掲載された広告から抜粋したものです。禁無断転載©日経BP
これはマーケティング版「コンテナ革命」だ。
バラバラの荷物を積む時代は終わる
尾原 すごく革新的なことを始めましたよね。単にAIを使うという話ではなく、マーケティングのプロセスそのものを組み替えにいっている。そのスケール感がこれまでとまったく違うなと。お話を聞いて、これはマーケティングのゲームチェンジが起こるだろうなと思いました。
柴山 ありがとうございます。私たちが目指しているのは、単一のAIツールを導入することではなく、複数のAIエージェントが連携することを前提にマーケティングプロセス全体を再構築することです。
まずは、戦略立案からクリエイティブ作成、改善提案といったマーケティングのプロセスごとに、その業務に特化した専門AIエージェントを作成しました。(詳細は第1回の記事を参照)
その次の段階として考えているのが、エージェント同士が相互に連携しながら意思決定を進めていくA2A(Agent to Agent)です。ポイントは、Hakuhodo DY ONEのエージェント同士が連携するだけではなく、クライアント企業が持つエージェントとも連携し、自律的にマーケティングが回っていく世界を描いていることです。
株式会社Hakuhodo DY ONE常務執行役員
柴山 大 氏
2019年、negocia株式会社と株式会社アイレップの資本業務提携に伴い、アイレップにてテクノロジー領域全般を統括。2022年よりアイレップ取締役CTOおよび株式会社博報堂テクノロジーズ執行役員を兼任し博報堂DYグループにおけるAI開発を主導。2025年より株式会社Hakuhodo DY ONE常務執行役員としてデジタル広告の領域を総合的にリードしている。
IT批評家・研究者 尾原 和啓 氏
1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーでキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げを支援する。リクルート、ケイ・ラボラトリー(現KLab)、オプト、グーグル、楽天(現楽天グループ)などで事業企画、投資、新規事業に携わる。シンガポール・バリ島をベースに人と事業を紡ぐ。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任。
尾原 A2Aで大事になってくるのは意思決定の流れをどう設計するかですよね。
柴山 まさにそこが「オーケストレーション」の役割です。エージェントの相互連携というとあらかじめ決められたフローを順番に実行する仕組みを思い浮かべられがちですが(図1)、ONE-AIGENTが目指しているのは少し違います。
マーケティングの現場では、市場環境も、ユーザーの反応も、施策の成果も、状況は常に変化していきます。その時々の状況に応じて、どのエージェントをどの順序で、どの粒度まで関与させるか判断する必要があります。その判断と制御を担うのが、AIオーケストレーターです。(図2)人が設計した意思決定の枠組みの中で、AIが動的にエージェントを組み合わせていく。私たちは、そうした役割分担を前提にした「エージェントオーケストレーション」を目指しています。
【図1】マルチエージェント(A2A)
.png?width=650&height=375&name=img_01%20(1).png)
【図2】マルチエージェントオーケストレーション

尾原 これは、マーケティングにおける「コンテナ革命」ですね。物流を変えたのはトラックの性能向上ではなく、「コンテナ」という規格の発明でした。ONE-AIGENTは、まさにマーケティングの業務プロセスを「コンテナ化(モジュール化)」している。だからこそ、つなげられるし、積み替えられる。
「AIエージェント」というコンテナに載せれば、社内も社外も関係なく、ハイスピードで価値が流通する。この構造変化に気づいていない企業は、手作業で荷物を運んでいるのと同じになりかねません。
生データは共有しない。
「インサイト」だけを共有するからPDCAが「秒速」になる
尾原 さらに、このA2Aをクライアント企業のAIエージェントとも進めると。
柴山 はい。A2Aを本当に意味のあるものにし、スケールさせるには、Hakuhodo DY ONEのエージェント同士が連携するだけでは足りません。
我々がこれまで培ってきたのは、いわば職人的な知見です。一方でクライアントは、自社の顧客や事業に関する膨大なデータを持っています。事業戦略、商品戦略、顧客理解といった文脈も、どうしてもクライアント側にあります。だからこそHakuhodo DY ONEのエージェントとクライアントのエージェントが連携し、同じ問いに向き合い同じ前提を共有しながら判断を重ねていくことが重要だと考えています。
尾原 企業間でエージェント同士が連携するとなると、必ず突き当たるのがデータの問題ですよね。プライバシーやセキュリティをどう担保するかは、A2Aを語るうえで最初にクリアすべき論点ですよね。
柴山 はい。クライアント企業にとって顧客や事業データは非常に重要な資産で、外部にそのまま渡すことには大きなリスクが伴うケースが多いです。そこでONE-AIGENTでは、そうしたデータを生のまま共有しないことを前提にどうすれば企業間で連携できるかを考えました。それがZero Data Sharingという考え方です。Zero Data Sharingでは、販売状況や個人情報といった機密情報を直接共有するのではなく、AIエージェントがデータを読み解き、意思決定に必要な要素や分析結果のみを抽出して共有します。
Zero Data Sharingによる企業間データ連携
.png?width=650&height=366&name=img_03%20(1).png)
たとえば、販促キャンペーンの改善を検討する際には、顧客の情報をそのまま生データとして共有するのではなく、個人情報を含まない形で、行動特性や価値観などを反映したペルソナの形で連携できます。どんなライフスタイルで、何に関心を持ち、どんな文脈で商品を選んでいるのか、そうした意味のある情報として抽象化した上で受け渡しするため、生データを開示せずとも、十分に深い分析や議論ができるようになります。
企業間AIエージェントオーケストレーションの動作イメージ

尾原 多くの企業が「データセキュリティ」を理由に連携を諦めていました。でも、Zero Data Sharingはその前提をひっくり返す。生データは渡さず、AIが抽出した「意味(インサイト)」だけをエージェント同士で交換することにより、「会議をしてデータ開示の承認を得る」という数週間のロスがゼロになります。競合がまだ1回目の会議をしている間に、こちらは100の仮説を検証し終えている――そういう非対称性が生まれるんです。
柴山 マーケティングの打ち手を一つ試すたびに、人を介して「このデータをください」「次はこの切り口で見せてください」とその都度やり取りをしていると、どうしても意思決定のスピードが落ちてしまいます。Zero Data Sharingでは、データを受け渡す手間に引きずられることなく、分析、制作、実行をリアルタイムに回していけるようになります。
「完全自動運転」から逆算するイーロン・マスクのように
マーケティングの「最終形」から現在を再設計せよ
尾原 すごいと思ったのは、SHEINやユニクロがやっている需要予測の考え方に近いんですよね。あれは、「売れた結果を見て次を考える」のではなく、SNSのトレンドワードなどから需要の変化を予測し、その予測に基づいて商品開発をし続けているところが本質だと思うんです。
ONE-AIGENTの構想も、商品や施策が市場の中でどのように機能しているか、どの接点でどんなシグナルが生まれているかを継続的に捉え、仮説立案、検証、改善を高速で回せるように仕組みをつくっています。これはマーケティングの意思決定の仕方そのものが変わる「ゲームチェンジ」が起こり得ると思いました。
もう一つ近いと感じたのが、自動運転の話です。日本の自動車メーカーは、ドライバーの負担軽減や安全性向上といった目的から、段階的な開発を進めるのが一般的です。一方でイーロン・マスクは、「完全に無人で車が動くようになった時に社会がどう変わるか」というゴールの姿から発想している。たとえば自家用車が空いた時間にロボタクシーとして自律的に走りまわって収益を生み出したり、災害時に車両が被災地に向かってバッテリーを供給したりする。そうした未来像から逆算して、いま何の技術を磨き、どんなビジネスモデルを組み立てるべきかを設計しています。
ONE-AIGENTも同じで、今ある業務を少しずつAIに置き換えているというより、AIが自律的に動く世界を前提にマーケティングの構造全体を再構築しているところがすごいなと思いました。柴山さんは広告の未来像をどのように考えていますか?
柴山 これは私個人の考えなんですが、広告は本来、「私の世界を広げてくれてありがとう」といってもらえる存在であるべきだと思っています。フィルターバブルの外にある価値、自分では検索しなかった選択肢、まだ言語化できていなかった欲求——それに気づかせてくれる広告は、ノイズではなくギフトになります。ONE-AIGENTで実現したいのは、その「ギフトになる広告」を、スケールさせることです。
A2Aやオーケストレーション、Zero Data Sharingといった考え方は、その問いに向き合い続けるための手段になります。最終的に目指したいのは、広告を見た人から「ありがとう」といってもらえるような関係が生まれること。そこに近づくために、どんな設計ができるのかを考え続けていきたいと思っています。

この記事の著者
ONEDER編集部
ONEDER(ワンダー)は、株式会社Hakuhodo DY ONEが運営する 「デジタルマーケティングの視点から、ビジネス・社会に『驚き』と『価値』を創出するメディア」です。 デジタルマーケティングを推進する企業の方々にとって信頼できる情報源となり、 ビジネス、ひいては社会の発展に貢献できれば幸いです。
メルマガに登録する
メールマガジンでは、企業のマーケティング戦略立案や日々の業務に役立つ、「驚き」と「発見」に満ちた最新情報を定期的にお届けしてまいります。
受信を希望される方は、フォームからご登録ください。